10月17日(火)
よく聴いているラジオ番組に北海道大学の中島岳志が出演していた。「日・中・韓それぞれの国で高まるナショナリズム。こうした傾向は問題だと思いますか?」というテーマ。
中島岳志は、ヒンドゥー・ナショナリズムの研究者として業績があり、最近では、日本に亡命したインドの独立運動家、ラス・ビハリ・ボースについての本、『中村屋のボース――インド独立運動と近代日本のアジア主義』(白水社、2005年)で注目を浴びている。
さて、放送中の中島の語りは、アカデミズムにおけるナショナリズム批判をうまく噛み砕きながらも説明は的確にして平易。感心した。内容も首肯できるもので、実は私の考えに近い。触りだけですがチョッと要約してご紹介:
参照の軸である敵としての他者は、例えば、抽象的な中国人・韓国人であり、具体的な中国人・韓国人の誰かでない。この抽象性が他者への想像力を失わせる(私は、崔洋一[監督]『月はどっちに出ている』(1993年)の「俺は朝鮮人は嫌いだけど忠さんは好きだ」という台詞を想い出す)。
現在の日本においてナショナリズムについて語る人の自己規定には、必ず中国・韓国・アメリカなどが参照の軸として登場する。中国・韓国などを批判することを通じて日本のナショナリズムを肯定するのが右で、日本のナショナリズムの偏狭さを批判し中国・韓国などに寛容なのが左という規定は、自分の政治的な立場の表明に過ぎず、「ナショナリズムとは何か」「ナショナリズムをどう思うか」という問題そのものに対する眼差は、そこには存在しない。そこにあるのは感情の発露に過ぎず、ナショナリズムを客体化して考える契機があらかじめ失われている。
家族愛、友愛、郷土愛、ナショナリズムを連続した自然な感情として想起させることこそが、ナショナリズムの最大のイデオロギー性であり、これを客体化すべきだ。
拉致問題に対する日本政府の対応・日本社会の反応とイラクの人質事件に対する「自己責任論」とのギャップ。国民を国家が護らなければならないという前提に立つならば、思想・行動原理を問わずに救う立場に立たなければならないはずだ(私も、9月19日(火)の日記で同じことを考えた)。
続いて、日教組的左翼であった教師への敵意が安倍の保守主義の淵源であることが作中前半の回想の部分で開陳されることに対しては、「積極的な概念として保守とかナショナリズムが語られ」ず、「そこに思想はない」と喝破。マスメディアでこのことをちゃんと指摘した人は少ないのではないだろうか。溜飲が下りる思い。
『美しい国へ』を読んでいないので何とも言えないが、上の話が本当なら、安倍は救いようのない阿呆だ。本人は仕方ないとして、編集者は気づけよ、と言いたい。現役総理大臣初の日本トンデモ本大賞2007受賞に期待しよう。
最近のメディアにおいて、政治・社会の時事問題は何でもカンでも宮崎哲弥が解説しているような気がする。宮崎哲弥はまだマシなほうだが、今や日本のメディアは保守イデオローグの天国だ。そんななかでは、中島岳志は稀有な存在。宮崎哲弥のように言葉に詰まったりしないし、数少ないリベラル派論客の金子勝と違って顔が小ギレイなのでメディア向きでもある。とりあえず中島岳志も応援しておこう。
Amazon.co.jp の「商品の説明」(「BOOK」データベース)より
カレー・ファンの間では有名な銀座のナイルレストランの創業者も独立運動家で、ボースの盟友だとか。初めて知りました。ご陽気な二代目主人のせいで想像がつきませんでした。
R.B.ボース。1915年、日本に亡命したインド独立の闘士。新宿・中村屋にその身を隠し、アジア主義のオピニオン・リーダーとして、極東の地からインドの独立を画策・指導する。アジア解放への熱い希求と日本帝国主義への止むなき依拠との狭間で引き裂かれた、懊悩の生涯。「大東亜」戦争とは何だったのか?ナショナリズムの功罪とは何か?を描く、渾身の力作。
ナショナリズムは自然な感情の発露ではない。例えば、バングラディシュという国の来歴(ベンガル地方→英領インド→東パキスタン→バングラディシュ)を考えると彼らのナショナリティは一定でない。琉球やアイヌも同様。
番組の終盤で安倍晋三『美しい国へ』<文春新書 524>(文藝春秋社、2006年)が俎に上がっていた(現在のところ、その音声ファイルがココからダウンロードできる)。中島氏は、安倍のナショナリズム鼓吹へと繋げるための「論理の飛躍」を指摘していた。安倍は、まず、山崎貴[監督]『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)に言及し、作中の「見えない指輪」のシーン(というのがあるらしい)から、お金よりも気持ちが大切だということに感動してみせて、次に、イチローがワールド・ベースボール・クラシックでお金のためではなく国のために戦ったと指摘し、最後に国のために戦うことの大切さを説いて見せているのだとか。つまり「お金のためではない」という一点で、関係のない事柄を強引に結節しているとのこと。
10月23日(月)
テレビ東京で毎週月曜25時にやっている ROCK FUJIYAMA という番組がけっこう面白い。
ロック番組なのだが、ロックについて熱く語ったりしないお気楽な番組。単純に楽しい。
○ROCK FUJIYAMA : テレビ東京
http://www.tv-tokyo.co.jp/fujiyama/
テレビ東京 毎週月曜25時
10月24日(火)
九州地方ではおなじみのタレント、ばってん荒川氏が、10月22日にお亡くなりになられたとか。
某ウェブラジオで「最近痩せてきた、大丈夫か?」といった近況が伝えられていたが、「まさか」という感想。
東京生活が長い私ですが、結構さみしいもんですねぇ。
「お米(よね)ばあさん」で知られるタレントのばってん荒川(あらかわ、本名米嵜一馬=よねざき・かずま)さんが二十二日午前十一時二十三分、心不全のため熊本市の病院で死去した。六十九歳。通夜は二十三日午後七時、告別式は二十四日正午から、熊本市琴平二の一の四〇の玉泉院南熊本本館で。喪主は妻の美都江(みつえ)さん。自宅は同市新町三の四の二六。
熊本市出身。一九五五(昭和三十)年、肥後にわかの「ばってん組」に入団。十九歳で演じた「お米ばあさん」が当たり役となり、ラジオ熊本(現熊本放送)の番組などで活躍、戦後の肥後にわか復興の一翼を担った。
フリーとなった後、七〇年に「火の国一代」で歌手デビュー。映画やテレビ、CM、東京や大阪の舞台にも出演、独特の熊本弁丸出しのキャラクターで人気を博した。
「ばってん荒川ぴら〜っと登場」「熱血ジャゴ一座 只今参上」(RKK)「テレビタミン」(KKT)など長くテレビ・ラジオのレギュラー番組を持ち、幅広く県民に親しまれた。
長年、持病の糖尿病と闘っていたが、今年に入りぼうこうがんのため体調が悪化。二月から治療の合間を縫ってテレビなどに出演していたが、九月末に再入院していた。
○ばってん荒川 - Wikipedia
ばってん荒川さん死去 当たり役「お米ばあさん」(熊本日日新聞 2006年10月22日)
<参考サイト>
○ばってん荒川公式サイト
http://www.sawayanagi.co.jp/batten/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B0%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%82%93%E8%8D%92%E5%B7%9D